江戸料理 八百善

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八百善ものがたり

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将軍家と八百善

 八百善は、将軍家にも愛されていました。文政十年、十一代将軍家斉は鷹狩りに向かう途中、四代目善四郎の別荘に立ち寄りました。
  その際、三羽の鶴を庭の松の木に掛けて、お休みしました。それを記念して、酒井抱一は「鶴かけの松の画」を描き残しています。

 また、篤姫として知られる天正院も、勝海舟を伴って しばしば八百善を訪れました。八百善には、将軍のお成りの際に遣わされた書類が、今も数多く残っています。このように、将軍家の方々が一般の料理屋を訪れるのは、非常にまれなことでした。
  幕末には、幕府に開国を求めたペリーの接待もおおせつかっています。ペリー饗応の献立に関する資料の多くは、関東大震災によって消失してしまいましたが、八代目善四郎が六代目善四郎から聞いたところによると、おびただしい料理と皿が並び、その費用は千両にものぼったそうです。
  その後、明治時代に入ってからも、政府や宮中からの依頼を受け、外国の要人の接待を承った記録が残っています。このように、八百善の歴史は、日本の激動の歴史とともに重ねられてきたのです。

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